日常の生活環境が心身の健康に与える影響について書きました。
感覚器官とその対象との誤った結合
ヒント5では、朝、目にするものを選択することで、一日の脳の初期設定を健やかに整える知恵についてお話ししました。
朝のすがすがしい選択を終えた後、私たちはそれぞれの日常がスタートします。そこで今回は、さらに一歩進めて、私たちが日中「身を置いている環境」や「普段目にしているもの」が、私たちの健康にいかに決定的な影響を与えているかを、アーユルヴェーダの根本的な医学理論と脳科学の視点から紐解いてみたいと思います。
アーユルヴェーダの古典では、人が病気になる主要な原因の一つとして「感覚器官とその対象との誤った結合」を挙げています。
これは現代の言葉に置き換えるなら、自分にとってストレスとなるようなものを見たり、聞いたり、触れたりし続けることが、最終的に肉体のメカニズムを損ない、体や心の不調や病気をもたらすという意味です。私たちの感覚器官が何を捉えるかは、単なる気分の問題ではなく、健康を維持するための極めて重要な鍵となります。

感覚器官が捉えるものと、肉体がどのように連動するか
例えば、私たちが目の前で「誰かが怒っている顔」を目にしたときのことを考えてみましょう。
視覚がその情報を捉えると、脳は瞬時にそれを「脅威」や「ストレス」として認識します。すると脳内では、状況を回避する、謝罪する、誤解を解く、あるいは防衛のために怒り返すといった、複雑な思考と行動の選択が始まります。
このとき、意識の上での思考と同時に、体内では目に見えないドミノ倒しのような反応が起こっています。脳の奥深くにあって感情を司る「扁桃体(へんとうたい)」という部分が不安や恐れによって激しく興奮し、すぐ近くにある自律神経やホルモンバランスの司令塔である「視床下部(ししょうかぶ)」を強く刺激するのです。
「怒った顔」という刺激は一瞬にして自律神経のバランスを崩し、ストレスホルモンを分泌させ、血管を収縮させて呼吸を浅くします。脳が捉えた視覚情報というきっかけが、神経系や内分泌系を通じて全身へと伝わり、細胞レベルでの不調、そして長期化すればやがて明確な病気へと発展していくのです。
つまり、私たちは「見ているもの」によって、自らの体内の化学反応を刻一刻とコントロールしていることになります。
ここから発展して考えると、例えば日常的に「他人の顔色をうかがう」という習慣を持っている方は、常に脳が『他者の不機嫌』という脅威を警戒し、視覚や聴覚のスイッチを過剰に入れている状態と言えます。日常的に慢性的なストレスに心身を晒し続けることになるため、これが健康に実質的な悪影響を及ぼすのは、医学的にも当然の帰結なのです。
少し横道にそれますが、他者の不機嫌を回避するために、本来の自分ではない、その他者に合わせた自分を演じることにもつながり、ここからもストレスが生まれることは残念なことです。
日常の景色を「整理・整頓」する理由
健康であるためには、私たちが日常的に「見るもの」や「聞くこと」を自ら意識して選択し、自分の生活環境を整えることが不可欠だということもわかってきます。
今、あなたが多くの時間を過ごしている部屋、仕事をしているオフィスのデスク、あるいは毎日何度も開くバッグの中は、どのような状態でしょうか。
もし、デスクの上が未処理の書類で溢れ、部屋に不要なものが散乱していたとしたら、それを目にするたびに、脳は「片付けなければならない」「処理していない仕事がある」という視覚的ノイズ(ストレス)を捉え続けることになります。誰かの怒り顔を見るのと同じように、乱雑な環境もまた、扁桃体をジワジワと刺激し、自律神経を消耗させる原因になるというわけです。
ここで役立つのが、シンプルな環境の調律です。環境を整える「整理」と「整頓」は明確に区別されます。
• 「整理」とは、必要のないものを手放す(捨てる)こと。
• 「整頓」とは、必要なものをすぐに使える状態に配置すること。
片付けがうまくいかない原因の多くは、置き場所を決める「整頓」ではなく、その前段階である、不要なものを捨てる「整理」ができていないことにあります。
空間にあるものの絶対数を減らす「整理」ができれば、それらを使いやすく整えることは難しくありません。まずは、「毎朝5分間だけ、不要なものを手放す時間にする」といった小さな習慣から始めてみるのがおすすめです。5分間、目の前のものと向き合い「今の自分に本当に必要か」を選ぶことは、自分の内面を見つめ直し、ブレない選択力を養う訓練にもなります。
空間の余白は、健康の土台
アーユルヴェーダでは、万物を構成する要素の中で「アーカーシャ(空間)」を非常に大切にしています。空間に余白が生まれて初めて、そこに必要なエネルギーや、心身の軽やかさが生まれます。
引き算によって部屋やデスクに心地よい余白ができたら、今度はそこに、あなたが目にするだけで素直に心が落ち着くもの(吉相物)を置いてみましょう。
• お気に入りの風景の写真を飾る。
• 瑞々しい一輪の切り花をデスクに置く。
• 本当に使いやすく、手触りの良い道具だけを厳選して並べる。
他人の顔色という不確定なものに意識を奪われるのではなく、自分が健やかでいられる環境を、自らの手で主体的にコントロールしていくこと。お部屋やデスクの余裕は、脳へのノイズを減らし、そのまま神経系の安定、つまり「心の余裕」へと直結します。
健康であるためには、まずは自分の生活環境を風通しよく整え、感覚器官に心地よい滋養を与えてあげることから始まります。あなたの日常の景色を、今日から少しずつ、健やかなものへと整えていきませんか。
【今日の一言】
「感覚器官が捉えるものは、あなたの細胞の一つ一つにも伝わります。他人の顔色ではなく、まずは自分が心地よくいられる環境に視線を向けましょう。」
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